私の儀式

ローマで最初に訪れる場所は、出発前から決めていた。

バチカン市国だ。

コロッセオでもない。
フォロ・ロマーノでもない。
ローマには世界的な観光名所が数え切れないほどある。

それでも私は、まずバチカンへ向かいたかった。

理由は単純だった。

そこはキリスト教の聖地だからだ。

イタリアという国で二週間を過ごすのなら、まずはこの土地の精神的な中心を訪れたい。

そして、

「これからしばらくお世話になります」

そう挨拶をしたかった。

もちろん、そんなことをしなくても旅はできる。

実際、多くの旅行者は観光地から巡るだろう。

けれど私には、どうしてもそうしたかった。

なぜなのか、自分でもうまく説明できない。

ただ、旅の計画を立てている頃から、その気持ちだけは不思議なほど揺るがなかった。

振り返れば、それもまた、この旅に散りばめられていた小さな導きの一つだったのかもしれない。

バチカンを訪れたとき、ふと一冊の本を思い出した。

小学校六年生の頃のことだ。

当時の私は、毎月のように漫画を買っていた。

けれど中学生を目前に控えたある日、少しだけ背伸びをしたくなった。

本屋の棚を眺めていると、一冊の本が目に留まった。

世界遺産の本だった。

教会特集だったのか、世界遺産特集だったのか、細かなことはもう覚えていない。

ただ、その中にバチカンが載っていたことだけは今でも記憶に残っている。

当時の私はキリスト教について何も知らなかった。

なぜ教会が存在するのかも。
なぜ人々が祈るのかも。
そんなことは考えたこともなかった。

それでも私は、そのページを何度も眺めていた。

今振り返っても不思議だ。

壮大な建築に惹かれたのかもしれない。

けれど、それ以上に私の記憶に残ったのは別のことだった。

イタリアの中に、もう一つの国がある。

その事実だった。

子どもだった私には、それがうまく理解できなかった。

国の中に別の国がある。

そんな世界が存在すること自体が、不思議で仕方なかったのだ。

だからだろうか。

ローマ滞在最初の目的地として、私は自然とバチカンを選んでいた。

もちろん地下鉄を使えばもっと早く着く。

けれど私は旅先では、できるだけ自分の足で歩くようにしている。

その土地を歩く。
人々の声を聞く。
街の匂いを感じる。

そうやって初めて、その場所が少しずつ自分の中に入ってくる気がするからだ。

それに私は、自分の足跡を残すことに妙なこだわりがある。

地図の上ではなく、自分の足で確かにそこを歩いたという感覚。

それは大袈裟かもしれないが、生きた証のようなものだと思っている。

ちなみに、私と一緒に旅行をするには相当な覚悟が必要だ。

同行者は間違いなく足腰を鍛えておいた方がいい。

そうしないと、途中でスタミナ切れを起こすことになるだろう。

サン・ピエトロ大聖堂を目指して

まずは宿の近くのカフェに入った。

イタリアに来たのだから、まずはイタリア人らしい朝を迎えたい。

そんな単純な理由だった。

カプチーノと甘いペイストリーを注文する。

ちなみに、イタリアではカプチーノは朝の飲み物だ。
午前11時を過ぎると、ほとんどの人は注文しない。

初めてその話を聞いたときは驚いたが、郷に入っては郷に従えである…

いや、ここはローマだ。

When in Rome, Do as Romans do

せっかくローマに来たのだから、ローマ人らしい朝を過ごしてみたい。

そんな気持ちもあった。

朝食を済ませると、バチカンへ向かって歩き始めた。

緩やかな坂道を下っていく。

一歩進むたびに、遠くに見えていたサン・ピエトロ大聖堂の姿が少しずつ大きくなっていく。

目的地が近づくにつれて、不思議と胸も高鳴っていった。

途中、古い水道橋のような遺構が目に入った。

古代ローマ時代から残るものなのだろうか。

詳しいことは分からない。

けれど、この街では歴史が特別なものではなく、日常の風景の中に自然と溶け込んでいるように見えた。

コソボから来た旅人

バチカンの入場は予約制だったため、午後の時間帯を選んでいた。

まだ時間があった私は、パンテオン周辺を散策することにした。

その途中、一組の男性旅行者から声をかけられた。

写真撮影をお願いされたのだ。

写真を撮り終えると、自然と会話が始まった。

「どこから来たの?」

旅先では定番の質問である。

私は日本から来たことを伝えた。

すると彼らは、コソボから週末旅行で来ているのだと言った。

コソボ。

日本で暮らしていると、なかなか出会う機会のない国だ。

その国の人とこうして立ち話をしていることが、なんだか嬉しかった。

しばらく話していると、

コソボの旅人

このあと時間があるなら、一緒にコーヒーでもどう?

と誘われた。

正直に言えば、とても魅力的な誘いだった。

旅先で偶然出会った人とコーヒーを飲む。

そんな時間こそ、私が好きな旅そのものだったからだ。

けれど、この日は違った。

私には大事な目的地があった。

バチカンである。

丁寧にお断りすると、彼らも翌日には帰国するという。

結局、再会の約束はできなかった。

それでも私は満足していた。

ほんの数十分の会話だった。

けれど、コソボという国が急に身近になった気がした。

旅の醍醐味とは、こういうことなのだと思う。

今振り返れば不思議なことに、私は昔から東欧や旧社会主義圏の人たちと縁があった。

オーストラリアに留学していた頃も、気づけばそうした国々の人たちと交流する機会が多かった。

もちろん、この時の私はそんなことを深く考えていない。

ただ、

「また面白い出会いをしたな」

そう思っていただけだった。