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出発の朝

出発の朝、一羽の鷹に出会った。

始発電車へ向かう途中の駅前の路地だった。

都内で鷹を見ることは滅多にない。

ましてや、散歩中の鷹など初めてだった。

思わず足を止めると、飼い主の男性が笑いながら声をかけてきた。

飼い主

珍しいでしょう?

私は頷いた。

そして、その日これからイタリアへ向かうことを話した。

「フィレンツェか。いい街だよ」

男性は懐かしそうにそう言った。

旅の始まりにしては、出来すぎている気がした。

けれど、その時の私はまだ知らなかった。

この旅が、私の人生そのものを振り返るきっかけになることを。

ローマ到着

約16時間後。

私はローマのフィウミチーノ空港に降り立った。

長いフライトの疲れもあったはずなのに、不思議と気持ちは高揚していた。

空港で最初に目に飛び込んできたのは、FENDIの大きな広告だった。

「さすがイタリアだな。」

そんな当たり前の感想を抱きながら歩いていたはずなのに、胸の奥では別の感情が静かに動いていた。

懐かしい。

その感覚をどう表現すればいいのかわからなかった。

私はイタリアに来るのが初めてだ。

ヨーロッパに足を踏み入れること自体が初めてだった。

それなのに、空港を歩いていると、初めて訪れた場所特有の緊張感がなかった。

むしろ、どこか安心している自分がいた。

到着ロビーには、地球儀の中に人体が描かれた大きなモニュメントがあった。

レオナルド・ダ・ヴィンチの人体図を思わせるその姿に、なぜか目が留まった。

理由は分からない。

ダ・ヴィンチに特別詳しいわけでもない。

それでも私は、しばらくその場から動けなかった。

今振り返れば、この旅には「人間とは何か」という問いが何度も顔を出していたように思う。

けれど、その時の私はまだ何も知らなかった。

ただ漠然と、

「何かが始まる」

そんな予感だけを抱いていた。

空港バスに揺られながら、窓の外に流れていくローマ郊外の街並みを眺める。

夕暮れの光。

石造りの建物。

見知らぬはずの風景。

それなのに、胸の奥に小さな懐かしさが灯る。

宿に到着した頃には、すっかり夜になっていた。

荷物を置き、静かな部屋の窓から外を眺める。

初めて訪れた街。

それなのに、どこか帰ってきたような気がする。

その夜の私は、まだ知らなかった。

ローマの街を歩くたびに、自分でも説明のできない懐かしさと出会うことになることを。

そして、その懐かしさの正体を探し始めることになることを。